声明・提言等(2025年5月26日)全難連より「難民保護の理念に反するブログ記事「川口市のクルド人」に係る申入れ」を河野太郎議員(衆・自民)宛てに出しました

難民保護の理念に反するブログ記事「川口市のクルド人」に係る申入れ[PDF・244KB]

日付:2025年5月26日

発出:全国難民弁護団連絡会議

提出先:河野太郎 議員(衆議院議員、自由民主党)

<申入れ全文> 

難民保護の理念に反するブログ記事「川口市のクルド人」に係る申入れ

申入れの趣旨

 河野太郎衆議院議員に対し、「川口市のクルド人」と題するブログ記事を削除し、同ブログ記事の趣旨の働きかけをすでに法務省・入管庁、警察庁に行っている場合には、これを撤回するよう求める。

申入れの理由

1 河野太郎衆議院議員による「川口市のクルド人」と題するブログ記事

 河野太郎衆議院議員(元デジタル大臣、元法務副大臣)のブログ記事(以下「本件記事」という。)は、トルコ国籍クルド人難民申請者について、「難民問題の専門家や一部のメディアが現地を調査・取材したところ、彼らの出身地においては地域紛争も政府による迫害も見られず、出稼ぎや移住を目的として日本に滞在していることが明らかにされました。」とした上で、「外務省、法務省・入管庁、警察庁の不作為あるいは力量不足が連鎖して、偽装難民が取り締まられることなく常態化しないよう、早期に厳格な対応が必要です。」とし、入管庁では、明らかに難民認定するに至らない難民認定申請者者に対しては当初の振り分けにおいて在留許可を出さないこととする方針を明らかにしているところ、「(クルド系トルコ人に)当初の振り分けにおいて在留許可を出さない厳格な対応がとられるのは当然と考えます。」「入管と警察が合同で、不法就労が特に問題になっている地域を決めて居宅や事業所を対象とした摘発を積極的に行い、強制送還することを再び、行う必要があります。」としている。

 河野太郎衆議院議員が政権与党の有力な国会議員であり大臣経験者でもあり、また元法務副大臣として法務省との関係もあることを考慮すれば、上記の発言は、単に難民問題専門家と称する者やメディアが意見を発信することと異なり、国会議員の地位において、法務省・入管庁、警察庁に働きかけをするものと理解すべきであり、あるいはすでに直接に働きかけを行ったことを示唆している

2 難民該当性判断の方法の誤り

 だが、難民該当性の判断と、同判断を前提とする在留資格に関する判断は、難民条約及びこれに依拠する出入国及び難民認定法の示す難民の要件の該当性についての、専門的な判断を含む、事実認定および法的評価の判断であり、政治的考慮や治安政策に影響を受けるべきでない。また難民認定に消極方向の不当な影響は、迫害の怖れの現実化という、法的にも人道上も許されない結果を招く。

 それなので、難民該当性判断を行う機関等に影響を与えかねない内容の、有力国会議員による働きかけは、十分な根拠に基づく慎重さが必要であり、特に、「クルド系トルコ人」といった集団を包括的に難民該当性がないものとして働きかけるなどは、原則として不適切である。

 ところが、本件記事が挙げる根拠は、「難民問題の専門家や一部のメディアが現地を調査・取材した」ことしかない。

 難民認定実務において、「出身国情報」、Country of Origin Information、略してCOIという言葉が、海外の実務家と難民認定を論じる際に必ずといっていいほど頻出する。出身国情報とは、主に難民認定申請者の出身国に関する情報であり、難民認定の判断の用に供するものである。その中でも、本国に帰国した場合の迫害のおそれを予測評価する段階における役割を持つ情報は重要である。

  多くの先進諸国は、予め出身国情報を収集し集積している。そして、従前の申請事例において多く見られる主張の類型に関連した出身国情報を分析し、個別の事案に対してではなく類型的に迫害のリスクを評価して、公表している。

 情報収集にあっては、「事実調査ミッション」と呼ばれる、調査団の派遣による調査が行われることもある。その場合、EUでは事実調査ミッションの方法に関するガイドラインがあり、複数の情報源からの情報のクロスチェック等が要請されている。

 このような方法に基づいて先進諸国が作成した出身国情報レポートを、入管庁も重視し、ホームページにおいて仮訳を公表しており、例えばその一つである豪州通商貿易省の2020年作成の報告書は、「トルコに住むクルド人は民族性に基づく公的な差別や、一部では散発的な社会的差別に直面している。」「南東部居住者やクルド系の政治団体又は市民社会団体で活発に活動している人々(又はそう認知された人々)は、政治活動に熱心ではない人々又はAKP(政権党)を支持する人々よりも高いリスクに曝される。」としている。

  このような諸情報を知らない者は難民問題の専門家と言えないし、一部メディアの取材だけを出身国情報として依拠し、偽装難民と決めつけることは不適切である。まして、有力国会議員が入管庁に働きかけることはするべきでない。

3 難民審査参与員や入管庁への不当な影響のおそれ

 本件記事には、トルコ国籍クルド人が裁判に勝訴して入管庁によって難民と認定されたケースは1件しか確認されていないことが指摘されている。

 しかし、裁判に勝訴したがなお入管庁から難民認定されず在留特別許可だけを受けたケースがあるほか、事案を担当する難民審査参与員3人のうち1人は難民認定相当の意見をしたケースは多数あり、難民審査参与員の意見を踏まえて人道配慮在留許可措置を受けたケースも一定数ある。トルコ国籍としか判明していないが3人のうち過半数が難民認定相当の意見をしたにもかかわらず法務大臣が難民認定をしなかったケースがあったことも判明している。

 さらに、日本で難民と認定されなかったけれども国連難民高等弁務官によって難民と認められたケース、カナダなど他の国で難民と認められて受け入れられたケースも複数ある。そもそも日本の難民認定制度が十分に機能していないことは当団体がかねてから指摘してきたことである。

 本件記事は難民審査参与員や入管庁の判断に不適切な影響を与えかねず、このような事態は、許されない。

4 観光等目的として上陸申請をしてのち難民申請をすることを非難すべきでない

 河野太郎衆議院議員は、観光目的等で来日したうえで入国後に難民認定を申請し、不認定になったのちにその申請を繰り返すことで仮放免等の状態になっても、帰国することなく日本での生活のために仕事につくことを、偽装難民の行動として問題視する。

 しかし、観光目的等で来日したうえで入国後に難民認定を申請する行動には理由がある。入管庁は、空港での入国時に庇護希望をした者に対して、難民認定申請者としての在留資格を付与しない運用をしている。難民認定申請の意思で来日した者は、上陸時、数日間で誰の支援もない状況で難民であることを証明して一時庇護上陸許可を受けるという極めて困難な方法に成功する以外は、上陸拒否か、不法上陸ないし不法入国扱いを受けて収容所に直行させられるのが実態であり、入管庁の運用が難民の正規の入国を妨げている。

 このような実情を踏まえれば、入国時に「観光」や「親族目的」として上陸申請をして上陸許可後速やかに難民認定申請をする行動を、不合理ということはできない。

 最近の裁判例でも、他の国籍の例だが、東京地裁令和6年10月25日判決(原告勝訴、難民認定))は、親族訪問を目的に来日した後に難民認定申請をしたからといって、原告が迫害を受ける恐れがあるという恐怖を感じていたことが直ちに否定されないとして、原告を難民と認めており、東京地判令和元年9月17日(控訴審東京高判令和2年3月18日)も、原告が入国した直後に難民認定申請をしていなかったとしても、迫害を受ける恐れがあるという恐怖を抱くような事情がなかったとは評価できないとして、原告を難民と認めている。

5 不認定となり在留資格を失ったことについて本人を非難すべきでない

 また、河野太郎衆議院議員は、不認定になったのちにその申請を繰り返すことで仮放免等の状態になっても、帰国することなく日本での生活のために仕事につくことを偽装難民の行動であり、不法滞在・不法就労などと非難して厳しい措置を入管庁と警察庁に要請している。

 しかし、映画「マイスモールランド」の主人公一家はまさにこの例である。同じ事情について、ある人は人道的な観点から同情をよせ、ある人は治安政策の観点から厳しい措置を要求するわけである。

  だが、映画「マイスモールランド」のように、いったん在留資格を有しながら不認定処分を契機に在留資格を失うことは、本人の意図でも、希望するところでもなく、入管庁の政策方針によるものであり、本人に故意すらない場合もある。警察権による厳格な扱いをすることは妥当でない。また、現行入管法上、少なくとも2回の難民認定申請について送還執行を受けずに審査を受ける機会が保証されている。入管庁の方針で在留資格を失って仮放免となったとしても、不法滞在者として送還をさせようとするような働きかけは、現行入管法にすら反し適切でない。

6 国籍や民族だけを理由に当初の振り分けにおいて包括的に在留資格を与えないことは許されない

河野太郎衆議院議員は、トルコ国籍クルド人やタイ国籍、スリランカ国籍などの難民認定申請者について、当初の振り分けにおいて難民認定申請者としての在留資格を与えないよう働きかけている。

 しかし、前述のとおりトルコ国籍クルド人を包括的に偽装難民と扱う根拠はないし、入管庁の振り分けも申請内容を考慮して行われているのだから、振り分けの仕方についてまで混乱させ、悪化を招く働きかけというほかない。

 また、国籍や民族だけで包括的に在留資格を与えないようなことをすれば、憲法、人種差別撤廃条約上の差別禁止に反する。

 さらに、多くの難民認定申請者が、自らは希望も意図もしないのに1回目の難民審査中から在留資格を失わせられる事態となる。難民認定申請者の地位の安定をするべきことは当然であり、このような運用を入管庁に働きかけることは不適切である。

7 結語

   以上の理由により、本件記事及びそこに記載された関係各庁への働きかけの趣旨は適切でなく、難民保護の理念に反する。削除・撤回されることを求める。

以上

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