ブログ記事「川口市のクルド人」の削除と入管庁・警察庁への働きかけの撤回を求める申入れ[PDF・175KB]
日付:2025年5月28日
発出:クルド難民弁護団
宛先:河野太郎 衆議院議員(元デジタル担当大臣・元法務副大臣)
<申入れ全文> 申入れの趣旨
「川口市のクルド人」と題するブログ記事を削除し、同ブログ記事の趣旨の働きかけをすでに法務省・入管庁、警察庁に行っている場合には、これを撤回されるよう求めます。
申入れの理由
1 河野太郎衆議院議員が投稿した「川口市のクルド人」と題するブログ記事
河野太郎衆議院議員(元デジタル大臣、元法務副大臣)のブログ記事(以下「本件記事」という。)は、トルコ国籍クルド人難民申請者について、「難民問題の専門家や一部のメディアが現地を調査・取材したところ、彼らの出身地においては地域紛争も政府による迫害も見られず、出稼ぎや移住を目的として日本に滞在していることが明らかにされました。」とした上で、「外務省、法務省・入管庁、警察庁の不作為あるいは力量不足が連鎖して、偽装難民が取り締まられることなく常態化しないよう、早期に厳格な対応が必要です。」とし、入管庁では、明らかに難民認定するに至らない難民認定申請者に対しては当初の振り分けにおいて在留許可を出さないこととする方針を明らかにしているところ、「(クルド系トルコ人に)当初の振り分けにおいて在留許可を出さない厳格な対応がとられるのは当然と考えます。」「入管と警察が合同で、不法就労が特に問題になっている地域を決めて居宅や事業所を対象とした摘発を積極的に行い、強制送還することを再び、行う必要があります。」としています。
河野太郎衆議院議員が政権与党の有力な国会議員であり大臣経験者でもあり、また法務副大臣として法務省との関係もあることを考慮すれば、上記の発言は、単に自称難民問題専門家やメディアが意見を発信することと異なり、国会議員の地位において、法務省・入管庁、警察庁に働きかけをするもの、あるいはすでに直接に働きかけを行ったものと理解され、その影響について放置できないので申入れます。
2 難民該当性判断の方法の誤り
(1)難民該当性判断を行う機関等に影響を与えかねない内容の、国会議員による働きかけは、十分な根拠に基づく慎重さが必要です。特に、「クルド系トルコ人」といった集団を包括的に難民該当性がないものとして働きかけるなどは、原則として不適切です。
(2)本件記事は、日本に来るトルコ国籍クルド人難民申請者の出身地がトルコの一部の地域に集中していることをもって難民該当性を疑問視しているようです。
日本に来るトルコ国籍クルド人難民申請者の出身地が一部の地域に集中していることは、逆から見れば、当該一部地域以外のトルコ国籍クルド人が日本に庇護と求めていないことを意味しています。トルコと査証免除協定を結んでいない世界各国で多数のトルコ国籍者が難民認定申請をし、高い割合で認定されているのに、査証免除協定を結ぶ日本に多くのトルコ国籍難民が来ようとしないのは、それだけ日本の難民保護制度が貧弱、不公正だからです。それでも、先に来た同郷者のコミュニティが存在し、援助を頼ることができる人だけは、未だ来日するという状況があり、結果として難民認定申請者の出身地が一部地域になっているだけです。難民該当性を否定する根拠になりません。
(3)本件記事は、日本にいるトルコ国籍クルド人難民認定申請者の出身地において、政府による迫害を受ける状況がないと断定しています。
しかし、日本に来て難民認定申請をしているクルド人の人たちの多数の親族(つまり同じ出身地)が、複数の先進諸国で難民認定されています。
(参考:TBSニュース「逃れた国の違いで”運命が分かれた”兄弟も・・・」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/436571?page=2)
多くの先進諸国が、難民認定判断の結果について、匿名化して公開しているところ、豪州は地域名を残して公開しており、昨年の認定例の中にも、日本に来て難民認定申請をしているクルド人たちの多数と同じ出身地の例が確認できます。(2108973(Refugee)〔2024〕AATA(28June2024))
先進諸国は、多数の難民認定申請者の出身国の「出身国情報(Country of Origin Information)」を収集して評価しており、「事実調査ミッション」と呼ばれる、調査団の派遣による調査が行われることもあります。
このような方法を踏まえて先進諸国が作成した出身国情報レポートを、入管庁も重視し、ホームページにおいて仮訳を公表しています。その中には、英国内務省事実調査ミッション報告書も含まれています。そして、例えば公表情報の一つである豪州通商貿易省の2020年作成の報告書は、トルコにおけるクルド人の迫害リスクについて「トルコに住むクルド人は民族性に基づく公的な差別や、一部では散発的な社会的差別に直面している。」「南東部居住者やクルド系の政治団体又は市民社会団体で活発に活動している人々(又はそう認知された人々)は、政治活動に熱心ではない人々又はAKP(政権党)を支持する人々よりも高いリスクに曝される。」としています。
また、オランダ外務省の2022年作成の報告書は、実際に逮捕、拘禁、刑事捜査及び有罪判決に繫がり得る活動として、「親クルド政党党員であること自体」「選挙の監視」「親クルド政党によるデモへの参加」「同党の記者会見、選挙運動、集会への参加」「SNS上での親クルド政党の投稿の共有(例えば投獄された党首写真の投稿)」等を挙げており、地域にかかわらない広範な政治弾圧状況を示しています。
特に、SNS上の投稿の共有だけで訴追されるというのですから、地域にかかわらないどころか、トルコ国外にいる者にすら政治弾圧としての訴追がされることもあるのです。SNS上の投稿や共有だけでトルコ内外の市民が訴追されている実情は、難民申請者の出身地を訪れるだけでは把握できないことでしょう。
このような諸情報を踏まえず、同一出身地の者を包括的に偽装難民と決めつけることは誤った判断です。このような誤った判断に依拠して、有力国会議員が入管庁に働きかけてはいけません。
3 難民審査参与員や入管庁への不当な影響のおそれ
本件記事には、トルコ国籍クルド人が裁判に勝訴して入管庁によって難民と認定されたケースは1件しか確認されていないことが指摘されています。
しかし、裁判に勝訴したがなお入管庁から難民認定されず在留特別許可だけを受けたケース1件があります。また、難民審査請求において、事案を担当する難民審査参与員3人のうち1人が難民認定相当の意見をしたケースは多数あり、難民審査参与員の意見を踏まえて出身国の状況を考慮して人道配慮在留許可措置を受けたケースも複数あります。
さらに、入管庁から難民と認定されなかった人が国連難民高等弁務官事務所やカナダなど他の国によって難民と認められて受け入れられたケースも複数あります。
日本においてトルコ国籍クルド人の難民認定が極めて少ないのは、日本の難民認定制度が十分に機能していないことによるものです。
4 目的を観光等として上陸申請をしてのち難民申請をすることを非難すべきでない
本件記事は、観光目的等で来日したうえで入国後に難民認定を申請し、不認定になったのちにその申請を繰り返すことで仮放免等の状態になっても、帰国することなく日本での生活のために仕事につくことを、偽装難民の行動として問題視するようです。
しかし、目的を観光目的等として来日したうえで入国後に難民認定を申請する行動には理由があります。入管庁は、空港で入国時に庇護希望をした者に対して、難民認定申請者としての「特定活動」在留資格を付与しない運用をしています。難民認定申請の意思で来日した者は、上陸時の数日で弁護士の支援もない状況で難民であることを証明して一時庇護上陸許可を受けるという極めて困難な方法に成功する以外は、上陸拒否による退去命令か、不法上陸ないし不法入国者の扱いを受けて収容所に直行させられるのが実態であり、入管庁の運用が難民の正規の入国を妨げています。
このような実情を踏まえれば、入国時に「観光」や「親族目的」として上陸申請をして上陸許可後速やかに難民認定申請をする行動を、不合理ということはできません。
最近の裁判例でも、他の国籍の例ですが、東京地裁令和6年10月25日判決(原告勝訴、難民認定))は、親族訪問を目的に来日した後に難民認定申請をしたからといって、原告が迫害を受ける恐れがあるという恐怖を感じていたことが直ちに否定されないとして、原告を難民と認めており、東京地判令和元年9月17日(控訴審東京高判令和2年3月18日)も、原告が入国した直後に難民認定申請をしていなかったとしても、迫害を受ける恐れがあるという恐怖を抱くような事情がなかったとは評価できないとして、原告を難民と認めています。
5 不認定となり在留資格を失ったことについて本人を非難すべきでない
本件記事は、難民不認定になったのちに申請を繰り返すことで仮放免等の状態になっても帰国することなく日本での生活のために仕事につくことを、偽装難民の行動であり、不法滞在・不法就労などと非難して厳しい措置を入管庁と警察庁に要請しています。
しかし、本件記事にも紹介されている映画「マイスモールランド」の主人公一家はまさにこの例です。同じ事情について、ある人は人道的な観点から同情をよせ、ある人は治安政策の観点から厳しい措置を要求するわけです。映画「マイスモールランド」の例のように、もとは在留資格を有しながら不認定処分を契機に在留資格を失うことは、本人の意図でも、希望するところでもなく、入管庁の政策方針によるものであり、本人に故意すらない場合もあるのですから、警察権による厳格な扱いをすることは妥当でありません。
また、再難民申請についても、もともと日本の難民認定判断には国際基準に反する部分があって納得できない事例が多々あるうえ、日本にいる間にトルコで訴追されるなどさらに危険が増した場合もあるので、再申請者であることをもって偽装難民であるかのように言うべきでありません。
現行入管法上、少なくとも2回の難民認定申請について送還執行を受けずに審査を受ける機会が保証されているのですから、入管庁の方針で在留資格を失って仮放免の地位になった者に対して、不法滞在者として送還をさせようとするような働きかけは、現行入管法にすら反しており不適切です。
6 本件記事は、トルコ国籍クルド人やタイ国籍、スリランカ国籍などの難民認定申請者について、当初の振り分けにおいて難民認定申請者としての在留資格を与えないよう働きかけています。
しかし、前述のとおりトルコ国籍クルド人を包括的に偽装難民と扱う根拠はありません。
トルコ国籍に限らず、国籍や民族だけで包括的に在留資格を与えないようなことをすれば、憲法、人種差別撤廃条約上の差別禁止に反します。
7 結語
以上の理由により、本件記事及びそこに記載された関係各庁への働きかけの趣旨は適切でなく、難民保護の理念に反します。削除・撤回されることを求めます。
なお、河野衆議院議員におかれては、より深く難民保護の課題についてご理解いただきたく、機会があれば、さらに具体的なご説明をさせていただきたいと思います。
ただ、難民申請者については、その秘密が守られるべき強い要請があります。それは、プライバシーとしてだけでなく、迫害を受ける恐れを増大させることを絶対に避けるべきことによります。
(参考:「UNHCR 庇護情報の秘密保持の原則に関する助言的意見」
https://www.unhcr.org/jp/sites/jp/files/legacy-pdf/mar2005_advconf_j.pdf)
それなので、申請者の申請理由などについて公に明らかにすることに限界があります。申請者の秘密が守られる環境であれば、さらに具体的なご説明をさせていただきたいと思いますので、是非お願いいたします。
以上