「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」に対する会長声明(外部リンク:大阪弁護士会)
日付:2020年8月4日
団体:大阪弁護士会
「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」に対する会長声明
2020 年(令和 2 年)6 月 19 日、法務大臣の私的諮問機関である第 7 次
出入国管理政策懇談会「収容・送還に関する専門部会」(以下「本部会」と
いう。)は、報告書「送還忌避・長期収容の解決に向けた提言」(以下「本
提言」という。)を公表した。
出入国管理及び難民認定法の退去強制令書に基づく収容は、裁判官による司
法審査を経ることなく、無期限で長期の身体拘束が可能とされている。このよう
な長期収容は、それ自体が重大な人権制約であるうえ、ハンガーストライキによ
る餓死者を出すなど、人道上の問題が指摘されている。
本提言においては、このような長期収容について、期間の上限を設定し
たり、司法審査を導入するなどの抜本的な対策を講じることは見送る一方
で、退去強制令書の発付を受けた後も日本から退去しない者に対する刑事
罰の創設が提言されている。
しかしながら、退去強制令書の発付を受けても、日本から退去できない
人々には、様々な事情がある。母国に帰国すれば、当局によって迫害を受
けることを恐れ、自身が難民であると主張する者もいる。一家で退去強制
の対象となっているものの、子どもが日本で生まれ育ち、日本で教育を受
けていて、母国語は全くできず、帰国すると教育を受けることすらできな
いことが危惧される者も相当数存在する。
このような人々が、難民認定申請が却下されてもなお、やむを得ず再度
の難民認定申請をしたり、退去強制令書の発付に対して抗告訴訟を提起し
たり、いわゆる再審情願など職権発動を求めて在留特別許可を求める活動
を行っている間、送還に応じないのは、権利行使に伴う当然の帰結ともい
える。実際に、退去強制令書の発付を受けた後に上記のような活動を行っ
た結果、在留資格を付与されるに至るのは珍しいことではない。例えば、
2010 年から 2018 年までの期間において、難民認定された者の約 20%、難2
民とは認定されなかったものの、人道配慮を理由に在留を許可された者の
約 41%が、退去強制令書の発付後に認定又は許可を受けている。
それにもかかわらず、具体的事情を一切考慮することなく、刑事罰で威
嚇して出国を強制することは、憲法および国際人権条約で保障された権利
(自由権規約第 13 条、第 14 条、第 16 条、第 17 条、第 23 条 1 項、第 24
条 1 項、子どもの権利条約第 3 条 1 項、第 9 条 1 項、難民条約第 33 条 1
項、拷問等禁止条約第 3 条 1 項等)を侵害するおそれがある。
とりわけ、子どもを含む家族が退去強制の対象となっている場合、刑事
罰を科すことによる悪影響は極めて深刻である。親が刑事罰を受けること
で家族が強い打撃を受けるのみならず、子ども自身には何らの責任がない
にもかかわらず、子どもも、退去強制にしたがわないことが「非行」であ
るとして少年法上の保護処分の対象になる可能性が生じることになる。
さらに、在留特別許可の当否等について司法による判断もなされていな
い者に対して刑罰をもって帰国を強制することは、裁判を受ける権利等を
侵害するおそれがある。加えて、「送還拒否」が刑事罰を伴う犯罪行為と
されれば、上記のような事情のある人々を人道上の観点から支援する NGO
などの活動が萎縮する可能性も強く懸念される。
本提言では、仮放免中の逃亡についても罰則等を設けることが盛り込ま
れている。しかし、現状の収容制度において無期限収容が可能なのである
から、刑罰による身体拘束には威嚇力がなく、逃亡に対する抑止効果は期
待できない。
本提言には、難民認定手続き中の送還停止効に例外を導入することも盛
り込まれている。しかしこれは、迫害を受けるおそれのある地域に送還し
てはならないという「ノン・ルフールマンの原則」に反する結果を招来す
る危険性が高い。日本は、諸外国に比べ難民認定率が極端に低いことが指
摘されており、実際には難民に該当するにもかかわらず認定されないため、
やむを得ず複数回申請後にようやく認定される例が相当数存在する。この3
ような現状に照らしても、難民認定手続き中の送還を可能にすることは
「難民」の送還につながりかねず、問題が大きい。
以上のとおり、「送還拒否」に対する刑事罰導入、仮放免中の逃亡についての
罰則の創設、難民認定手続き中の送還停止効に例外を設けること等、本提言にお
いて提案されている各種措置は、憲法および国際人権準則に反するものである。
当会としては、このような提言に強く反対するとともに、収容・送還に関する
運用および立法を検討するにあたり、上記の問題点を踏まえた慎重な検討を行
うよう求める次第である。
以上
2020 年(令和 2 年)8 月 4 日
大阪弁護士会
会 長 川 下 清