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申 入 書

 

2005(平成17)711

 

法務大臣 南野知恵子殿

難民審査参与員各位

法務省入国管理局長 三浦正晴殿

法務省入国管理局審判課長 田村明殿

法務省入国管理局総務課長 榊原一夫殿

法務省入国管理局総務課難民認定室長 大島重史殿

 

弁護士有志一同(氏名は別紙のとおり)

(連絡先)

100-0016 台東区台東1-10-6 サワビル3F

いずみ橋法律事務所

03-3832-4521Fax03-3832-4523

弁護士  渡  辺  彰  悟

 

1       申入れの趣旨

1 異議申立手続において難民参与員参加の手続(口頭意見陳述及び審尋)にあたり、最低限、以下の証拠の開示を求めます。

 

・当該申請者に対する一次手続における供述調書

・一次手続において参照した出身国情報等の一般情報

・難民参与員に対して手渡す当該申請者に関する資料の一式

 

2  1項記載の証拠の開示がなされない場合には、代理人として責任をもった手続参加が不可能であるため、私たちが代理人を務める難民認定申請者に対する異議申立手続においては、申請者の難民実体審理をボイコットします。

 

2 申入れの理由

 

1 はじめに

  私たちは、これまでに難民認定申請手続、難民不認定処分の取消訴訟などを通じて、難民の保護のための活動に携わってきました。私たちのこれまでの経験から、難民認定手続、特に異議申立手続において、一次不認定の理由が詳細に告知され、また証拠(特に申請者に不利な証拠)に接する機会が保障されるべき必要性は極めて高いことについては疑問の余地がありません。また、証拠を開示する障害も何ら存在しません。以下これらの点につき詳しく述べます。

 

2  日本の難民認定制度の性質論から

ア  日本の難民認定手続のように、難民認定の調査を行う者と判断を行う者が同一である場合、調査者が独自に収集した証拠を申請者に提示せず、その証拠資料に信憑性があるか、証拠評価が適切であるかといったチェックがなされないまま、一方的に不認定の結論を下してしまうことが起こりやすい、という制度的な問題が内包されています。このような問題を回避し、難民認定の正確性を保障するためには、認定者が公正であることはもとより必要であ

イ  公正な手続の内容の一つとして、不認定処分における理由の告知は重要であります。その告知の内容は、申請者がなぜ不認定となったのかを客観的に認識でき、かつ、意味のある異議申立を用意しうる程度の内容と質を伴っていなければなりません。実体のない形式的な理由のみの明示は、実際上無意味でありますが、これまでの不認定理由書において不認定の実質的根拠が示されているとは到底言いがたい状況があります。従って、現状の不認定理由を前提にする限り、不認定理由を申請者側が憶測して反駁しなければならないという不条理に直面しているのです。同時に、不認定理由の具体化のみならず不利な証拠に接する機会を保障することも不可欠であります。理由の告知は証拠に基づく評価であり、証拠の開示がなされなければ評価の前提を知ることができず、意味のある異議申立を用意することはできないからです。

ウ  新垣修・志學館大学法学部教授(元UNHCR法務官)は、「新たな難民認定制度の確立−フェアネスを基調として」と題する論文(自由と正義20028月号88頁以下)において、公正な難民異議手続のあり方について、以下のように指摘しています(同4項、94頁以下)。

  「難民の地位異議審査局での聴聞及び審理手続では、聴聞を受ける機会、不利な証拠に対面する機会、審査結果の理由を知る機会などの適正手続の内容を実践するものでなければならない。第一次審査機関もまた、このような適正手続を遵守しなければならない。」

  このように、難民異議手続において一次不認定の理由の詳細な告知及び証拠(特に不利な証拠)に接する機会を保障することは、公正な難民認定制度の運営のために必要不可欠なのです。

 

3 不認定処分における詳細な理由告知、及び異議審査手続における証拠開示は、適正手続の保障というのみならず、異議審査手続の迅速且つ効率的実施のために実務上も必要不可欠であること

ア 難民不認定処分における理由の告知の目的は、申請者に不認定の理由を周知させ、異議審査手続において実効的な弁明・反論を行い、また適切な証拠を提出させ、それによって申請者に対する異議審査手続における適正手続を保障すると同時に、法務大臣による「再度の考察」の材料にさらに新たな主張や証拠を追加させて、判断の適正さを担保することにあります。また不認定の理由が開示されることによって、異議審査手続でさらに主張すべき事項とその必要がない事項の区別ができ、争点を絞って検討をすることができ、迅速な異議審査を実現することができます。

イ また、不認定の理由とされる供述の変遷・矛盾や供述と客観証拠との齟齬などを逐一口頭で告知したり、文書化することは事実上不可能であります。したがって証拠の開示は上述した理由の告知の目的を実質化するためにやはり必要不可欠です。

  また証拠評価そのものに問題がある場合、その証拠が開示されなければ適切な弁明・反論をすることは不可能であり、この点からも異議審査手続の実効性を確保し高めるために証拠開示は必要不可欠です。

  したがって、申請者側の適正手続の保障、判断者側の判断の適正さの担保、迅速かつ効率的な審査、という難民異議制度の制度趣旨を実現するために異議審査手続における詳細且つ具体的な不認定理由の告知及び証拠(特に不認定の根拠となった証拠)の開示が行われなければならないのです。

  不認定の理由が詳細に告知されず、また不認定の判断の根拠となった証拠も開示されなければ、申請者は手探りの主張立証を強いられ、争点の取りこぼしをおそれて膨大な主張と証拠の再提出をし、その結果、異議審査手続が不認定処分の理由とは無関係の膨大な主張や証拠の検討と処理に費やされ、争点が絞られず極めて非効率的な審査を強いられることになりかねません。

ウ 客観資料に乏しく、申請者の供述に依拠するところが大きいのは難民認定作業の宿命であり、申請者の供述調書は極めて重要な証拠です。特に申請者の具体的な供述と供述の間の(時には微細な)齟齬や、供述と出身国情報その他客観証拠との齟齬が不認定の理由とされるのが日本の難民認定の実情であります。したがって、調書及びそれと齟齬するとされる客観証拠が開示されることによって、申請者が異議審査の争点を具体的に絞り、的確な弁明・反論を行い、必要性について厳選した証拠を提出することが可能となり、審理の促進に資することとなるのです。

エ 調書の開示については、申請者本人が話したことなのだから覚えているはずだ(だから開示の必要はない)との法務省側の反対論があります。しかし、難民性の判断において証拠とされるのは、申請者の口頭での供述それ自体ではなく、それを記録したとされる調書です。しかも調書は数時間に渡って行われるインタビューの内容を要約して文書化したに過ぎないのですから、申請者の供述と全く同一ではありません。したがって、申請者が何を言ったかではなく、調書に何が書かれているか(それが申請者の記憶や認識と一致しているか)が問題なのであって、調書の開示がされなければ意味がありません。

 また、前述の通りインタビューは1回につき数時間に渡って行われ、事案によっては6回、7回と実施されていました。その際に作成された調書の内容を、ただ1回読み聞かせを受けただけで正確に覚えていることはあり得ません。

  事情聴取による調書の作成というシステム上の限界もあります。申請者が自分から主体的に話した内容よりも、受動的に問いかけられて答えた内容の方が記憶が残りにくい、という問題があるのです。また申請者は自らの難民性を理解してもらうことに力点を置くのに対し、調査官(特に不認定処分を受けてインタビューを行う異議審査担当の調査官)は不認定の理由となった事実の点に関心がある場合が多く、申請者と調査官の意識に齟齬があるため、申請者のイメージした通りの供述調書が作成されない場合もあります。

オ 以上の通り、難民認定手続において最も重要な証拠である申請者の供述調書を異議審査手続において開示することは、不認定理由の詳細な告知と共に申請者の異議審査手続における適正手続を保障するとともに、異議審査手続を迅速化・実質化するものとして必要かつ不可欠であります。

 

4 行政不服審査法の趣旨から導かれる証拠開示の必要性

行政不服審査法の目的は、「国民の権利利益の救済」及び「行政の適正な運営」にあります(法1条1項)。そして、不服申立には争点明確化機能があり(塩野・行政法U9頁)、さらに、紛争を濾過し裁判所の負担を軽減する機能(フィルター機能、スクリーン機能)を発揮すべきとされていることは、行政法上の常識です。さらに、行政不服審査法が審査請求中心主義を採用している理由は、異議申立は「裁断者が第三者ではないため、審理の公平性に疑問が存するから」(杉村敏正「行政救済法1」385頁)なのです。法務大臣には上級庁がないため、やむをえず、審査請求ではなく異議申立とされていますが、第三者性を高め、審査請求に近づけることが必要なのです。

また、不服申立制度を有効化するためには、できるだけ訴訟における対審構造に近づけることが、審理を整備充実させ、フィルター効果を上げることにつながります。そして、これが実践できるか否かは「不服申立制度における裁判類似の審理構造を担当するに適したスタッフィングその他の条件を得られるかどうかにかかっている」(杉村敏正・行政救済法1385頁)とされています。つまり、争点明確化等の審理の充実は、できるかぎり進めるべき課題なのです。

つまり、異議申立の「審理の公平性に疑問が存する」という本質的なデメリットを補うべく、限られた資源の中でではありますが、第三者性を持たせ、争点明確化をして、迅速かつ効果的な審理を行い、フィルター効果を高めていくべきことは行政不服審査法の趣旨目的から当然のことなのです。

 

参与員制度は、まさに「審理の公平性に疑問が存する」という批判から、異議申立の第三者性を高めるために生まれた制度です。第三者である審査請求に近づいていっているといえるでしょう。「スタッフィング」が充実したのですから、さらに、第三者性を高め、あるべき不服申立の姿に近づけるために、争点を明確にし、証拠を開示することは、行政不服審査法上推奨されるべきであることは言うまでもないのです。

不認定の理由がわからず争点も不明で、証拠も開示されないままでは、審理は空転してしまいます。現状のように、結局裁判を起こさなければ、争点もわからず証拠もわからないままで、フィルター効果は全く期待できないままとなるでしょう。このままでは、異議申立制度は、「訴訟不経済」のための制度になってしまいます。

 

5 証拠開示をすることについて法的な障害は存在しないこと

証拠を開示してはならないという法的な根拠はなく、証拠を開示するか否かは、運用にまかされています。そして、既に述べたような証拠開示の必要性に鑑みれば、異議申立人に対しても証拠を開示するという運用が適切であることは言うまでもありません。

行政不服審査において、証拠閲覧の権利はない場合でも、公平かつ適正な手続きの実現のため、行政機関が自主的に証拠を開示している例はあります。例えば、労働保険審査会法に基づく労働保険審査会では、行服法33条2項に定める請求人の文書閲覧権を排除されていますが(この点については東京地方裁判所平7.12.13判決で文書閲覧請求権がない旨判示され、最高裁で確定済)、実質的かつ公平な事案処理のため、公開審理期日約4週間前には、証拠書類一式を請求人や代理人に送付する運用が取られています。また、上記地裁判決では、被告である労働保険審査会は、「労働保険審査会における審査手続きが職権調査主義的構造をとっている」から文書閲覧請求権がないのだと主張しましたが、東京地方裁判所は、請求人の文書閲覧請求権自体は否定しながらも、「保険給付に関する決定について定めた再審査請求の手続は、慎重かつ公平な事案処理を目的とするものであるから、これを保障するためには再審査請求人に審査関係書類等の閲覧の機会を与えることが望ましいということができる。」と判示したのです。つまり、閲覧は権利ではないが禁止されてもいないという法律の建前の中で、閲覧の機会を与える運用が望ましいということを述べたのです。難民異議申立でも同様です。

行政不服審査法上で中心とされている審査請求では、証拠の閲覧は権利なのです。残念ながら、異議申立制度では、審査請求の法33条(処分庁からの物件の提出及び閲覧)が法48条で準用されていませんが、その理由は、異議申立制度だから閲覧する対象がないので、閲覧しえないからとされています(行政不服審査法解説[改訂版]日本評論社)。つまり、審査請求と異なり、「処分庁から物件の提出」という行為がありえないので、閲覧対象の物件がないから、閲覧できないというわけです。決して、異議申立では、閲覧させないほうがいいから閲覧させない、ということではないのです。

しかし、今回、難民審査参与員が手続きにかかわることになり、入国管理局難民認定室は、参与員に対し、詳細な不認定理由及びその証拠を参与員に渡すことになりました。事実上「物件の提出」が参与員になされることになったのです。参与員に渡された物件という「閲覧対象」ができたのですから、より望ましい手続きに近づけるために、これを異議申立人に閲覧させるべきなのです。

 

3 難民審査参与員制度の船出にふさわしくない事務局体制

1 担当官井上氏らのこれまでの難民行政における役割

 今回示された法務省の方針は、難民審査参与員の総意ではなく、難民異議申立を担当する入管職員が策定したものと思われます。

  しかし、今回の新制度の出発点である出入国管理政策懇談会難民専門部会「難民認定制度に関する検討結果(最終報告)」(2003年)は、いわゆる専門委員制度においては、各案件の審理の進め方に関しても、第三者である専門委員の判断に委ねてよいのではないか、と述べて、難民審査参与員の自律性に期待しています。

 さらに指摘しなければならないのは、異議申立手続を決めようとしている入管職員に、難民保護の精神を逸脱する行動をしてきた履歴があることです。

 難民異議申立東京事務局の責任者である丸岡敬氏は、2002年にトルコに行って、同国官僚から聴取をして裁判所に報告をし、さらに難民申請者アーメッド・カザンキラン氏については個別調査を行った人物です。

 また、井上一朗氏は、20047月に、いわゆるトルコ現地調査に赴いて、難民申請者の氏名をトルコ治安当局に漏らし、さらに警察官や軍人を伴って難民申請者の実家を訪れた人物その人です。

これら行動は、UNHCRが示す難民保護のための原則(UNHCR日本・韓国地域事務所「庇護希望者の秘密保持に関する助言的意見」 http://www.unhcr.or.jp/protect/pdf/mar2005_advconf_j.pdf)参照)を犯すものであり、国内外から激しい批判をまきおこしたことはご記憶のことと思います。例えば、世界で最も権威ある人権団体であるアムネスティインターナショナルが昨年出したニュース・リリースのうち、日本に関するものは一件だけですが、その一件がまさにこのトルコ現地調査に関するものでした。

また井上氏は、ビルマ出身の庇護希望者の難民関連訴訟のために、「ミャンマーにおける旅券発給手続等の概要及びその評価について」及び「海外における反政府活動に対するミャンマー政府の姿勢に関する外国裁判例の調査結果について」と題する2通の報告書を作成して、前者では正規旅券の発給を受けたり正規手続によって出国をした者の難民該当性を否定し、後者は、積極的な反政府勢力指導者だけにしか迫害のおそれが認められないと述べています。

しかし、いずれの報告内容も、海外の難民認定実務はもちろん、これまでの日本の実務とも矛盾するものです。例えば、在日ビルマ人難民申請弁護団の調べによれば、20044月まで日本で難民認定を受けたビルマ人のうち9割以上は、正規旅券の発給を受け、あるいは正規手続による出国をした人であって、井上氏の報告書と矛盾します。

2 井上氏の協議の場での発言

さらに2005624日における全国難民弁護団連絡会議との協議では、法務省入国管理局井上局付検事は、異議手続における証拠開示には一切応じられない、どうしても本人の供述調書を見たいのであれば、訴訟を起こしてください、争点整理をする必要はないという、極めて不誠実な対応に終始されました。特に、「訴訟を起こしてください。」という異議申立手続の軽視も甚だしい発言は議論が行き詰まると、度々繰り返していました。

3 小括

以上のように従来個別の難民訴訟において、UNHCRの示す難民認定手続上の原則を犯し、また事実を曲げてまで、誤った難民不認定処分を擁護しようとした人物が、中立で公平な第三者であるべき難民審査参与員の事務局を務め、異議申立手続の審理方法を決めることは、極めて不適切です。このことはこの間の協議の場における上記発言の内容からも明らかというべきであります。

以上

第4 まとめ

  以上の理由から、私たちとしては、大変残念ながら、頭書記載のとおりの申入れを行うものです。

私たちは、難民認定申請者のために、難民異議手続の迅速化・実効化を強く望むものです。新しくできた異議の制度をボイコットし、訴訟のみに委ねることは全く本意ではありません。しかしながら、現在法務省入管局が想定している手続に従うことは、難民認定申請者の利益に明らかに反することから、このような結論に至りました。

 異議申立手続を迅速化・実効化するため、本申入れにつき、貴殿らが真摯にご検討されることを切に希望いたします。

以上

 

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